2005-08-01から1ヶ月間の記事一覧
どんぐりも太って実りの秋となりました。「どんぐりころころどんぐりこ」の童謡が懐かしいですね。栗の実もたわわに、柿の実もずんと太りだしてきました。たんぼの稲穂も重さで垂れていることでしょう。 長い夏休みの子供達も新しい経験を重ねて逞しく、実り…
残暑をやわらげる芙蓉の花は路傍のオアシスです。つぎつぎと開いては暑さにうだる心を慰めてくれます。魑魅魍魎の浮世には身の回りにこんな方が必ずいます。観音菩薩の化身を探してみましょう。されども、我が内にも観音はおわします。 差別相だけにとらわれ…
住友重機械の浦賀ドックにある自走式クレーンは昭和18年から62年間立ちつづけています。残念ですが、老朽化の為に上部が取り外されて地上に安置されていました。逆エル字で槌がたクレーンと云うらしい。さびついても凄い迫力で、諸行無常を象徴して何か…
浦賀の煉瓦ドックは明治38年(日露戦争勃発)に完成、百年間働いた歴史的建造物です。日本で現存するドックでは4番目に古く、他のレンガづくりは近くの川間ドックのみ。長さは180メートル、深さは11メートル、一万トンまでの船を容れることが出来る…
横浜市の「金沢八景」のひとつ・瀬戸の秋月は、瀬戸神社前の海中に突き出た琵琶島からの名月の眺めです。歌川広重の浮世絵が広く知られています。 瀬戸神社は将軍・源頼朝が三島明神を勧請した伝統を持ち、写真の琵琶島神社は妻で尼将軍・北条政子が滋賀県の…
♪秋の水ゆらすモザイク丘ふたつ 駿 朝日射す山影が池面のさざなみに揺れています。残暑きびしい日中ですが、朝夕には秋が優勢です。夏と秋とのシーソーゲームが続きます。 ♪銀鼠(ぎんねず)の海のぼりゆく盆の月 駿
152年前、ペリー提督がアメリカ大統領からの親書を幕府へ渡す為に久里浜に上陸しました。アメリカは英国から独立してまだ80年、新興国でしたがすでに強力な軍事力を保有していました。この石碑は明治34年米友協会がたてた「ペリー上陸記念碑」で、近…
浦賀湾の先端には、江戸時代に灯された灯台が再建されています。明かりの氾濫する今と違い、ロウソクの闇の時代ですからかすかな明るさでも識別できたのでしょう。 五感が研ぎ澄まされた人間が多かったのでしょう。今では利便が、感覚の力をなえさせてしまっ…
先月まで起立していた浦賀ドックの大型クレーンが残念ながら切断されていました。孤独に耐えてただ一機頑張っていた勇姿が消えてしまいました。「もののあはれ」ア・・・ 七月吟行の愚作。 ♪クレーンの錆の突っ立つ半夏生(はんげしょう・・七月二日頃)
横浜海軍航空隊は昭和11年、飛行艇専門航空隊として発足し昭和17年ソロモンにおいて壊滅、玉砕しました。大型飛行艇24機、約二千人の戦没・殉職者を出しています。 金沢区にある富岡総合公園がその跡地で、浜空神社に参拝しました。古里遠い南方諸島で…
立正佼成会の戦没者慰霊・平和祈願式典にて法華経を読経、310万人の犠牲者と両親達の成仏と平和を祈りました。世界平和は遠くにあるのではなく、平素の「自分の寸心を変える」ことにはじまると高校生が説法しました。フィリピンの戦跡参拝から帰国したば…
神奈川県戦没者慰霊堂が上大岡にあると知って始めて参拝しました。道順を尋ねた地元の方は二人とも笑顔で親切に教えてくれました。こんもりとした丘の上に、出征軍人や横浜空襲で亡くなれた非戦闘員の市民の御霊がまつられておりました。十五日の終戦記念日…
八月ですから埃を払って英霊の写真集を取り出して見ております。白黒写真の輪郭に、自分に似た方を見つけました。膚に粟がたつ感じです。ブログから遺書も検索、拝読して衿を正しております。何でも当たり前で感謝のない私ですが、さすがに見えざる霊魂に合…
残暑きびしい中、横浜市の平潟湾にもやう釣船の影に秋の気配が感じられます。午後は八月の句会に参加しました。メンバーのひとりは放射線の副作用の為に余儀なく退会となりました。健康こそは他に変えられないが、浮世は「無常」にひざまずくしかない。 ♪八…
八月は日本人にとって特別な月だ。両親をはじめとする膨大な数の先祖へ感謝するお盆の月。そして、戦没された御霊への鎮魂と平和境建設の祈りの月だ。 六・九・十五がシンボルとなる八月。八月六日(土曜日)は広島原爆忌、九日は長崎原爆忌、十五日は終戦日…